2006年4月28日(金)
奈良の引越しおばさんより困った隣人
竹島問題で思い浮かぶのは、20年程前に起きたフォークランド戦争の事である。大英帝国とアルゼンチン共和国との大西洋上の島を巡っての争奪戦だが、この戦いが起きた背景と韓国のそれが類似しているようで不気味である。当時アルゼンチン経済は破綻寸前(その後、91年にデフォルトに陥る)同国では軍事政権への不満に世論は沸き立っていた。その矛先をかわすために、同島へ武力侵攻したのが、この戦争の発端である。英国宰相マーガレット・サッチャーは断固これを阻止すべく開戦を指示し、英国軍の失地回復によって終わった。さて、竹島問題に戻るが、この島は島根県隠岐郡に属している事が日本政府の立場である。その主張の根拠は国際法上の先占権に基づくものであり、それには一点の瑕疵もない。そもそも李氏朝鮮は竹島(嘗ては松島と呼称)近くの鬱陵島(嘗て竹島と呼称)でさえ統治能力が無いためか無人島化政策をとっていた。李氏朝鮮時代の古地図には、竹島の明確な記載もないが事実である。彼らが古地図のなかで竹島と主張するものは、すべて荒唐無稽なものばかりある。昭和27年李承晩の一方的な海洋主権宣言において設定された漁船立入禁止線によって竹島は不法占拠され現在に至っている。この海域では日本漁船が拿捕されたり日本漁民が銃殺されたりしている。そろそろ、白黒をつけなければいけない時期であろう、日本政府が不法占拠と明確に現在の状態を位置づけたことは一歩前進である。今後、その不法状態を放置するようであれば日本は国家としての体をなさなくなるのは言うまでもない事であろう。
2006年4月27日(木)
盧武鉉様、何を根拠に仰っているのか理解に苦しみます。
竹島の領有権問題で彼らがその根拠とするのが左図。これは占領軍が定めた行政権についての暫定的範囲である。彼らの古地図では竹島が朝鮮領である事に自信がないから、よその国の地図をその根拠としているのであろう、アメリカの後ろ盾を背景にした、こそ泥李承晩が掠め取った岩礁です。国際的な裁きの場に正々堂々と出てきて決着をつける気はないのでしょうか?日本国は鬱陵島まで自分のものだとはいっていないのですから。
2006年4月26日(水)
あきれものが言えません・恥知らずとはこの事です。

日本とトルコ共和国の秘話・感動のFLASHを見つけましたので興味のある方は、ここをクリックして見て下さい。
トルコ共和国独立の父、ムスタファ・ケマル・アタチユルクの名は世界史を学んだ者なら知らぬ者はいないだろう。
彼の有名な議会演説「私は数え切れないほど戦場で死と直面したし、必要とあれば明日にでも再び命を戦場でさらす気でいる。だが、それはすべて、祖国を強靭な独立国家にしたいためである。私は、私の生きがいである唯一のもの、すなわちトルコ国民を進歩に向かって導かねばならない。我が国民が進歩への道をしっかりと、方向を間違えることなく歩めるようになった時、私はすべての権力を手放すつもりでいる。だが、我が国民の歩みは始まったばかりなのだ。すなわち、私を殺すことはトルコ国民の未来を奪うことなのだ。もっと、はっきりと言おう。現在の時点において、私がトルコだ!」強烈な使命感と自意識に卓越した政治家の姿を見ることが出来る。
事もあろうに倒産した新潟県柏崎市のテーマパーク「柏崎トルコ文化村」の跡地処分に伴い、柏崎市が同国から贈られたアタチュルク初代大統領の銅像を一緒に県内の観光開発会社へ売却する方針との報道。あいた口が塞がらない。
2006年4月25日(火)
よくぞ言ってくれました!!!
中国を訪問していた原田義昭衆院外務委員長は二十四日、北京市内で中国の武大偉外務次官、姜恩柱全人代外事委員会主任委員らと相次いで会談し、靖国問題などをめぐり激論を交わした。武次官は小泉純一郎首相の靖国神社参拝を「A級戦犯が祭られており、首相の参拝はしてほしくない」と批判。原田氏は「靖国神社は敬愛されており、首相の参拝は当たり前。中国政府の批判に圧倒的多くの日本国民と議員は怒りを感じている。中国と同様に日本も誇り高い独立国であって、内政干渉に屈することは断じてできない」と中国側の再考を促した。小生、以前の日記にも書いた通り、靖国神社が日本人の「まほろば」とは思っていないが、中共政府に内政干渉と言うべき事をはっきり言ってくれてうれしく思っています。中共に阿る発言を繰り返す、どこぞの大臣とはえらい違いです。
2006年4月24日(月)
衆院千葉7区補欠選挙の結果・民主が超接戦制す!955票差で太田氏当選
小泉首相のレイムダック化は避けられないと思われるが、何故、自民党の執行部は新鮮味に欠ける落下傘候補を立てたのか理解に苦しむ。それと自由と平等とにはトレードオフの関係がありそのどちらかに力点を置くかによって政権の性格が決定づけられると前に述べたが、自由に重きを置く小泉改革を背景にした社会正義にもとるような「やりたい放題の自由」に選挙民がNOを突きつけたことは今後の政策運営に考慮すべき課題を投げかけている。もし、自民党がその事に気づかないのであれば、次の選挙も負けるであろう。
2006年4月22日(土)
何をしてるのか気になります
外務省の事務次官が訪韓して竹島の領有権問題について、こそこそと国民が知らぬ間に話し合いをしているようである。何で韓国と交渉をしなければならないのか、小生には理解できない。EEZ海域で何をしようが、よその国からとやかく言われる筋合いではないことは国際法が保障している事であろう。海洋国家である日本にとって排他的経済水域を守り抜くことは日本国の死活的利害に関わることで将来の日本国民に対しての我々の義務である。どうもその事についての重大な決意が感じられない。この問題は行政官がのこのこ出て行って妥協点を探るような問題ではなく政治が解決すべき事である。嘗て日本には鎌倉武士と言う素晴らしい政治集団がいた。かれらの今に伝えられる信条は「一所懸命の本領安堵」と「名こそ惜しけれ」である。それを今の政治に期待したい。
2006年4月21日(金)
日本のマスコミは何故大きく報道しないのか不思議です
英国人女性、故ルーシー・ブラックマンさんなどへの、準強姦致死罪に問われた織原城二(金聖鐘)被告の公判が昨日、東京地裁で開かれた。この日は遺族の意見陳述が行われたが、無罪を主張している金被告は出廷を拒否。意見陳述を行ったのは、ルーシーさんの母ともう1人の被害者の豪州人女性の母で、2人はこの日のために来日したそうである。事件発生当時はその猟奇性も手伝ってワイドショーにもよく取り上げられていたと記憶している。それがある日を境にぱたりと止んでしまった。もし被告が慶応出の在日朝鮮人である事が影響しているのなら数社のマスコミ幹部が何か朝鮮人に弱みを握られているのでは、と勘ぐりたくもなる。あえて事件名は挙げないが、社会を揺るがす大事件が、在日および帰化人によって引き起こされている。暴力団の構成員も多くが在日で占められている。笑えない話であるが、自称右翼結社の構成員にも在日が多いと聞く、そろそろ自虐史観とタブーを見直さないと、とんでもない方向に日本が進んで行くと心配している。折から、不逞鮮人の竹島不法占拠問題「天気晴朗なれども波高し」歴史ある日本海の名を訳の判らない「海」にしてはならない。
2006年4月20日(木)
頑張れ海上保安庁
海上保安部発表、4月20日未明、保安部ハ朝鮮軍ト戦闘状態ニ入レリ。竹島海域ニ作戦中ノ部員ハ昭和27年以降、激戦敢闘克ク敵戦力ヲ撃摧シツツアルガ、ソノ目的ヲ達成セズニヨリ、21日未明ヲ期シ最高指導官ヲ陣頭ニ皇国ノ必勝ト安泰トヲ祈念シツ、全員壮烈ナル総測量ヲ敢行ス、英霊ト其ノ遺族ニ謝セントス。 海上保安庁の「明洋」と「海洋」の乗組員皆様の武運長久と御無事での御帰還を心より祈念しています。これを機に、支那・朝鮮に対しての日本外交の潮目が変わる事を切に願っています。
2006年4月19日(水)
荒唐無稽な弁論にあきれてものが言えません(はやく再逮捕してください)
山口県光市で主婦と幼女が殺害された事件の上告審弁論が、最高裁第三小法廷(浜田邦夫裁判長)であった。上告した検察側は「残虐な犯行で、死刑の適用を回避すべき特段の事情は認められず、無期懲役の二審判決を破棄しなければ著しく正義に反する」と主張。一方、弁護側は「一、二審が認定した殺害方法は、遺体の鑑定書からみて事実誤認があり、傷害致死罪などだけが成立する」と主張。審理続行を求めたが、第三小法廷はこれを退けて結審。これを聴いてほっとした。それにしても、この安田某という弁護士にはあきれた「手が滑って...蝶々結び云々」この屁理屈でいくと殺人罪など存在しなくなるであろう、そのうち人定で、弁護士から入れ知恵された被告人が「いいえ違いますそれは別の首に挿げ替えられた自分ではない自分がやったこと」と言った珍問答が法廷で繰り広げられるかもしれない。牽強付会に事実を曲げてでも弁護をしなければならないとしたら弁護士と言う仕事は因果な商売である。
2006年4月18日(火)
あきれた論調
日本経済新聞「春秋」(4/17)
「我国は隣国の開明を待て共に亜細亜を興すの猶予ある可らず、寧(むし)ろその伍(ご)を脱して西洋の文明圏と進退を共にし……」。福沢諭吉が1885年3月16日付「時事新報」社説として書いた文章の一節である。脱亜論と呼ばれる一文だ。
▼福沢は「我は心に於いて亜細亜東方の悪友を謝絶するものなり」と中国と韓国を悪友呼ばわりして論を結ぶ。福沢の創作と思われている「脱亜入欧」の四文字熟語は実はここにはないが、様々に応用されるようになる。脱亜入欧が「奪亜入欧」を目指す路線に変わった歴史はいまに尾を引き外交関係に影を落とす。
▼コロンビア大学のジェラルド・カーチス教授によれば、中国や韓国の学者たちの間には、小泉政権の外交路線を「脱亜入米」とする見方がある。「通米入亜」も聞かされたという。日本は米国を通じてしかアジアと向き合っていないとの韓国人学者の批判だ。一方、米国人学者はいまの韓国を「脱米入中」とみる。
▼中国の胡錦濤主席が今週米国を訪問する。真珠湾から始まった1997年の江沢民訪米は対日批判で米国と足並みをそろえたい「脱倭入米」の思惑が見えたが、今度はどうか。94年12月20日付本紙一面では先輩記者が「伴米入亜」を日本外交に求めた。確かに米国とともにアジアの仲間になれればと思う。以上

この記事を書いた人間の知性を疑います。福澤の「脱亜論」の論旨は西洋の東漸を前にして、旧弊から脱する事が出来ない支那・朝鮮と関わってはならないと戒めているもので、関わる時は西洋と同じような対応をとるべしと意見しているのである。今日においてもその外交スタンスは有効であると考えるが、日経の春秋子はどの様に考えられているのであろうか?さすが財界よいしょの新聞ですね、経済界の都合は親中だからでしょう、前にも書きましたが、金儲けさえできれば国家の事などどうでも良いのでしょう。それにしても福澤の彗眼ぶりには驚かされます。
2006年4月17日(月)
冷静に対応とはどういうことでしょうか?
小泉首相は、中国が東シナ海のガス田拡張工事のため日中中間線を越えた海域で作業船舶などを除き航行禁止の通知を出したことについて「どういうことなのか分からない」としながらも「冷静に対応したいと思う」と官邸内で記者団に語ったそうである。国家主権を侵されて冷静とはどういうことなのだろう?小泉首相は我が国と支那間の近代史から何も学んでないようだ、支那人との交渉において譲歩は禁物である。彼らとの共存を望んでも徒労である事は歴史が証明している。しからばどの様にしたら良いかであろうが、先ずは現在の日支間の経済関係の見直しを図る旨のコメントを発する事が重要であろう、利に聡い支那人はなんらかのリアクションを起こすと思われる。それを見てから二の矢・三の矢を放ち、支那を自爆の道に誘導する事が日本外交の採るべき方向性であると確信している。勿論その過程で宣戦を布告される可能性も棄て切れないので、万が一に備えての準備もしておく必要があるのは言うまでもないことである。
2006年4月16日(日)
キレルと加減を知らぬ子供たち
長崎市で中学2年生が高校生一年の兄を殴り殺すと言う痛ましい事件の報道。テレビゲーム機を片付けるよう兄から注意され、殴られたのに腹を立て、凶行に及んだそうである。どうしてそこまでキレルのか?恐ろしい現実が進行している気がしてならない、昔の子供の成育環境と現代のそれを比べる事によって、以前は稀であった事件が多発する原因を解明したらどうであろうか?三つ子の魂百までと言うが、幼児期の環境がキレやすい脳を創っているのではないかと小生は考えている。恐らくそれは身体性に関するもので、戸外での運動が不足しているからではないかと思う、みてくれだけの都市政策によって彼らから社会性と身体の発達を促す「遊び場」を奪ったからなのかもしれない。教育基本法の改正も良いが、幼児期からを含めて子供たちの将来を考えた教育プログラムを真剣に考えないと日本は大変な事になるような気がします。
2006年4月15日(土)
職業に貴賎なしは正しいことなのでしょうか
京都の町金業者が営業停止処分となった。町金に資金を出していた銀行の姿勢もこれを機に見直される事を期待したい。町金すべてが悪だとは思わないが、それが社会の表舞台に出てくる事は決してよい事ではないと考えている。町の片隅でひっそりやるべき仕事であろう、それと同じようにパチンコ屋の存在がある、聞くところによると、一日に数十万円の負けや勝ちとなるそうである、日本全体でそれに費やされる金は公営ギャンブルを上回っているのであろう、この稼業も嘗てはあまり自慢できる仕事ではなかったと記憶しているが、いまや産業として社会の表舞台に登場している。ギャンブルも社会悪ではないが、それを生業とする者は社会の表舞台に顔を出すような事はなかったものである。職業に貴賎なしとよく言われる言葉があるが、本当にそうであろうか?小生は決して表舞台に出てはならない仕事もあると思う。
2006年4月14日(金)
産経新聞GJ
昨日の産経妙より(よくぞここまでいってくれました)
極悪非道のマフィアといえば麻薬、偽札、誘拐の三点セットと決まっている。シチリアのマフィアは、イタリアの独裁者ムソリーニに追い立てられて米国に渡った。以来、米司法当局はこの増殖したマフィアとの戦いに明け暮れる。

▼北朝鮮の主力産業も麻薬、偽札、拉致だから、こちらは「マフィア国家」と命名して何の不都合もない。米政府は昨年秋、ついに偽札づくりの証拠をつかみ、マカオの銀行に制裁を発動した。そのマフィア国家の幹部が、東京で開催の国際会議に参加した。

▼ここで北の幹部が、「制裁を解除しなければ六カ国協議に参加しない」などとうそぶいた。米国のヒル国務次官補は「ヘッ」と無視した。当然だ。マフィアが組織犯罪の取り締まり側に公然と取引を持ちかけたのだ。「逮捕しないだけありがたく思え」と、米国に代わって小欄が言う。

▼ヒル次官補はもっと品よく、凍結された北朝鮮口座は23億7千万円だと暴露した。北の財布は政府、軍、金正日一族の三つに分かれ、一族の財布が一番大きいらしい。マカオの口座はこの一族の分だった。ここから盆暮れの“もち代”が高官に配られる。カネの切れ目が縁の切れ目だから金総書記は焦った。

▼凶悪犯罪の「拉致」でも、日本政府は北に観念しろと迫った。横田めぐみさんの結婚相手が、DNA鑑定で韓国の拉致被害者、金英男さんだったことを突き止めたのだ。北朝鮮生まれの工作員だとウソをついた北も困ったが、彼らに甘い韓国はもっと困った。

▼韓国には486人の被害者がいる。融和路線の盧武鉉政権は北に配慮はしても自国の拉致被害者には目をつむってきた。日韓の国民が共闘すれば、盧政権も対北包囲に引き込まれよう。
2006年4月13日(木)
教育基本法
小生が学生であった当時、前文を持つ法律は日本国憲法と教育基本法の二つだけだと記憶している。それだけ日本国家として重要な法律と言う事だろう。少々長くなるがそれを記しておく。
「われらは、さきに、日本国憲法を確定し、民主的で文化的な国家を建設して、世界の平和と人類の福祉に貢献しようとする決意を示した。この理想の実現は、根本において教育の力にまつべきものである。われらは、個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間の育成を期するとともに、普遍的にしてしかも個性ゆたかな文化の創造をめざす教育を普及徹底しなければならない。ここに、日本国憲法の精神に則り、教育の目的を明示して、新しい日本の教育の基本を確立するため、この法律を制定する。」
これを改めて「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し国際社会の平和と発展に寄与する態度を養う」の文言を挿入することによって現法に記載の無い「愛国心」の問題をクリアーするそうである。オブラートに包んだようななにかモヤモヤした感じだ、仮に伝統・文化が愛国と対立したどうする気なのだろう、愛国を優位にしたもっとはっきりした表現でないとダメである。それよりも先ずは日本国憲法を改正してから教育基本法に手をつけるのが順番と言うものだろう。国家のバックボーンとなる法律について拙速はいただけない。ただ、個人を重んじすぎた「教育」が改められ望ましい方向に向かうのは歓迎である。
2006年4月12日(水)
あきれて物が言えない
RKB毎日放送のディレクター北村浩之(29)が集団強姦容疑で逮捕された。彼は慶應義塾大学総合政策学部の卒業だそうだが、一体何を勉強していたのだろう。余罪もありそうな様子、このような輩には現在考えられる最高刑を求刑すべきであるが、それに加えて何処にいても位置が判る装置を体内に埋め込む事が出来ないのか、GPSによって日本いや世界中何処にいようが位置が特定できる仕組みを作り(恐らく簡単に出来るはず)それを万人がWEB上でモニター可能にするのである。もし、それが嫌なら去勢する事を出所の条件にする。性犯罪者にはしかるべき対応が必要と考えます。
2006年4月11日(火)
徒事ではない天候
昨日の天候は凄まじいの一言であった。どうしても外出しなければならない用があったので、事務所を出たとたん強風で傘を折られた、街路樹が倒れた所もあるようだ、このところの天候の変化を考えてみると何か不気味である。
2006年4月7日(金)
気持ちよい朝
今日は県立高等学校の入学式なのであろう、通勤途上で真新しい一寸大きめの制服に身を包んだ数多くの新入生とすれちがった。彼らは一様に希望に輝いているように見えた。ほんのりとした心地よい風が通り抜けるの感じがした。なんだかうれしい気持ちがした。
2006年4月6日(木)
昨日続き
二大政党論については、少し前までマスコミ各誌も騒ぎ立てていたが、この頃あまりそれを声高に主張する者が少なくなったよう気がする。流石に野党第一党がこの体たらくではそれを主張するのが憚れるのであろう、冷静に考えてみると二大政党が機能している国は、アメリカ合衆国と大英帝国のアングロサクソンの二国が代表的であるが、果たしてその政治モデルが日本の国情と民族性に照らして見合ったものかは疑わしく感じられる。仮に日本の議会政治が何かの弾みによって二大政党制に移行したとすれば、恐らく衆愚翼賛会政治に近いものとなる予感がしてならない。
2006年4月5日(水)
蛇とマングースの戦い
民主党の党首戦、かま首をあげてじっと様子を窺う某氏と奇襲攻撃が得意な某氏との争いである。何れにせよ幼稚な議員と危険な極左と極右の議員が同じ泥舟に乗っているこの政党は救いがたいと感じている。この政党の人たちがしばしば口にする「二大政党論」についてはそれが日本の議会政治に馴染むものなのか、小生は「赤勝て・白勝て」の言ってみれば二進法で運営されるデジタル型政治は日本の風土にそぐわないと思っている。
2006年4月4日(火)
意味不明の殺人
川崎でのマンション投げ落とし殺人。犯行の動機が常人には理解できない不気味さがある。「殺しに成功したからまた殺そうと思った」何のためらいもなく小学生に手をかける狂気に潜む心の闇を徹底的に究明して欲しい。時代が生み出した悪魔なのか?それとも、いつの世にも存在した快楽殺人者なのか?とにかく痛ましい限りの事件である。
2006年4月3日(月)
桜咲く頃
 通勤道、南公園の桜風景。 日本人は桜が好きである。日本最古の書「古事記」に登場した女神木之花咲耶姫(このはなさくやひめ:さくらのように美しい姫)の「さくや」が転訛して「さくら」となった説。「サクラ」の「サ」はサガミ(田神)のサで穀物の意、「クラ」は神の憑り代「座:クラ」の意で、「サクラ」は穀物の憑りつく神座であったとする等の諸説を民俗学の授業で教えられた覚えがある、いずれにせよ農耕の民である大和民族のDNAに深く染み込んだ「花」なのだろう。今日の朝刊に小生在学中の早大総長村井資長氏の死亡記事、「花は櫻木、男は早稲田」の時代をふと思い出した。
2006年4月1日(土)
六ケ所村の核燃再処理工場が試運転?
核燃料再処理のスキームは高速増殖炉での利用を前提としていたのではなかったかと記憶しているが、ナトリューム漏れ事故でその前提が崩れ、苦肉の策でMOX燃料として燃やす事になったのであろう、しかしながらMOX燃料を通常原子炉で発電の用に供するプルサーマルにGOサインが出てているのは九州電力玄海原子力発電所の一箇所だけである。再処理であり余るプルトニュウムをどうするつもりなのか心配だ、快適な生活を送る為にはエネルギー源の確保は極めて重要な問題であり、金がかかるから云々の議論には与しないがプルトニュウムとなればその危険性は十分認識しているつもりである。輸送・保管の警備は自衛隊がしてくれるのだろうか?プルサーマルそれ自体が安全なものなのか?核兵器開発の考えはあるのか?核廃棄物の処理はどうするのか?様々な疑問が湧いてくる。