西郷南洲遺訓

廟堂に立ちて大政を為すは天道を行うものなれば、些とも私を挟みては済まぬもの也。いかにも心を公平に操り、正道を踏み、広く賢人を撰挙し、能く其の職に任うる人を挙げて政柄を執らしむるは、即ち天意也。夫れ故真に賢人と認むる以上は、直に我が職を譲る程ならでは叶わぬものぞ。故に何程国家に勲労有るとも、其の職に任へぬ人を官職を以て賞するは善からぬことの第一也。官は其の人を撰びて之れを授け、功有る者には俸禄を以て賞し、之れを愛し置くものぞと申さるるに付き、然らば尚書仲キ之誥に、「徳懋んなるは官を懋んにし、功懋んなるは賞を懋んにする。」と之れ有り。徳と官は相配し、功と賞と相対するは此の義にて候いしやと請問せしに、翁欣然として、其の通りぞと申されき。

賢人百官を総べ、政権一途に帰し、一格の国体定制無ければ、縦令人材を登用し言路を開き、衆説を容るるとも、取捨方向無く、事業雑駁にして成功有るべからず。昨日出でし命令の、今日忽ち引き易うると云う様なるも、皆統括する所一ならずして、施政の方針一定せざるの致す所也。

政の大体は、文を興し、武を振い、農を励ますの三つに在り。其の他百般の事務は皆此の三つの物を助くるの具也。此の三つの物の中に於て、時に従い勢に因り、施行先後の順序は有れど、此の三つの物を後にして他を先にするは更に無し。

万民の上に位する者、己れを慎み、品行を正しくし、驕奢を戒め、節倹を勉め、職事に勤労して人民の標準となり、下民其の勤労を気の毒に思う様ならでは、政令は行われ難し。然るに草創の始めに立ちながら、家屋を飾り、衣服を文り、美妾を抱え、蓄財を謀りなば、維新の功業は遂げられ間敷也。今となりては、戊辰の義戦も偏へに私を営みたる姿に成り行き、天下に対し、戦死者に対して面目無きぞとて、頻りに涙を催されける。

或る時「幾歴辛酸志始堅、丈夫玉砕愧甎全、一家遺事人知否、不為児孫買美田」との七絶を示されて、若し此の言に違いなば、西郷は言行反したるとて見限られよと申されける。

人材を採用するに、君子小人の弁酷に過ぐる時はかえって害を引起こすもの也。其故は開闢以来世上一般十に七八は小人なれば、能く小人の情を察し、其長所を取り之を小職に用い、其材芸を尽さしむる也。東湖先生申されしは、「小人程才芸有りて用便なれば、用ひざればならぬもの也。さりとて長官に居え重職を授くれば、必ず邦家を覆すものゆえ、決して上には立てられぬものぞ」と也。

事大小と無く、正道を踏み至誠を推し、一事の詐謀を用ふ可からず。人多くは事の指支ふる時に臨み、作略を用ひて一旦其の指支を通せば、跡は時宜次第工夫の出来る様に思へ共、作略の煩ひ屹度生じ、事必ず敗るるものぞ。正道を以て之を行へば、目前には迂遠なる様なれ共、先きに行けば成功は早きもの也。

広く各国の制度を採り開明に進まんとならば、先ず我が国の本体を居え風教を張り、然して後徐かに彼の長所を斟酌するものぞ。否らずして、猥りに彼れに倣いなば、国体は衰頽し、風教は萎靡して匡救す可からず。終に彼の制を受くるに至らんとす。

忠孝仁愛教化の道は政事の大本にして、萬世に亘り、宇宙に弥り、易う可からざるの要道也。道は天地自然の物なれば、西洋と雖も決して別無し。

人智を開発するとは、愛国忠孝の心を開くなり。国に尽し家に勤むるの道明かならば、百般の事業は従て進歩す可し。或は耳目を開発せんとて、電信を懸け、鉄道を敷き、蒸気仕掛けの器械を造立し、人の耳目を聳動すれども、何故電信鉄道の無くて叶わぬぞ、缺くべからざるものぞと云う処に目を注がず、猥りに外国の盛大を羨み、利害得失を論ぜず、家屋の構造より玩弄物に至る迄、一々外国を仰ぎ、奢侈の風を長じ、財用を浪費せば、国力疲弊し、人心浮薄に流れ、結局日本身代限りの外有る間敷也。

文明とは、道の普く行わるるを賛称せる言にして、宮室の荘厳、衣服の美麗、外観の浮華を言うには非ず。世人の唱うる所、何が文明やら、何が野蛮やら些とも分らぬぞ。予嘗て或人と議論せしこと有り。西洋は野蛮じゃと言いしかば、否な文明ぞと争う。否な否な野蛮じゃと畳みかけ しに、何とて夫れ程に申すにやと推せしゆえ、実に文明ならば、未開の国に対しなば、慈愛を本とし、懇々説喩して開明に導く可きに、左は無くして未開矇眛の国に対する程むごく残忍の事を致し、己れを利するは野蛮じゃと申せしかば、其の人口を莟めて言無かりきとて笑われける。

西洋の刑法は、専ら懲戒を主として苛酷を戒め、人を善良に導くに注意深し。故に囚獄中の罪人をも、如何にも緩るやかにして鑑戒となる可き書籍を与え、事に因りては親族朋友の面会をも許すと聞けり。尤も聖人の刑を設けられしも、忠孝仁愛の心より鰥寡孤独を愍み、人の罪に陥いるを恤い給いしは深けれども、実地手の届きたる今の西洋の如く有りしにや、書籍の上には見え渡らず、実に文明じゃと感ずる也。

租税を薄くして民を裕にするは、即ち国力を養成する也。故に国家多端にして財用の足らざるを苦むとも、租税の定制を確守し、上を損して下を虐たげぬもの也。能く古今の事迹を見よ。道の明かならざる世にして、財用の不足を苦む時は、必ず曲知小慧の俗吏を用い巧みに聚斂して一時の缺乏に給するを、理財に長ぜる良臣となし、手段を以て苛酷に民を虐たげるゆえ、人民は苦悩に堪え兼ね、聚斂を逃んと、自然譎詐狡猾に趣き、上下互に欺き、官民敵讐と成り、終に分崩離拆に至るにあらずや。

会計出納は制度の由て立つ所ろ、百般の事業皆是れより生じ、経綸中の枢要なれば、慎まずはならぬ也。其の大体を申さば、入るを量りて出るを制するの外更に他の術数無し。一歳の入るを以て百般の制限を定め、会計を総理する者身を以て制を守り、定制を超過せしむ可からず。否らずして時勢に制せられ制限を慢にし、出るを見て入るを計りなば、民の膏血を絞るの外有る間敷也。然らば、仮令事業は一旦進歩する如く見ゆるとも、国力疲弊して救済す可からず。

常の兵数も亦会計の制限に由る、決して無根の虚勢を張る可からず。兵気を鼓舞して精兵を仕立てなば、兵数は寡くとも、折衝禦侮共に事かく間敷也。

節義廉恥を失いて、国を維持するの道決して有らず。西洋各国同然なり。上に立つ者下に臨みて利を争い義を忘るる時は、下皆之れに倣い、人心忽ち財利に趨り、卑吝の情日日長じ、節義廉恥の志操を失い、父子兄弟の間も銭財を争い、相い讐視するに至る也。此の如く成り行かば、何を以て国家を維持す可きぞ。徳川氏は将士の猛き心を殺ぎて世を治めしかども、今は昔時戦国の猛士より猶一層猛き心を振るい起さずば、萬国対峙は成る間敷也。普仏の戦、仏国三十万の兵三ヶ月の糧食有て降伏せしは、餘り算盤に精しき故なりとて笑われき。

談国事に及びし時、慨然として申されけるは、国の凌辱せらるるに当たりては縦令国を以て斃るるとも、正道を踏み、義を尽すは政府の本務也。然るに平日金穀理財の事を議するを聞けば、如何なる英雄豪傑かと見ゆれども、血の出る事に臨めば、頭を一処に集め、唯目前の苟安を謀るのみ、戦の一字を恐れ、政府の本務を墜しなば、商法支配所申すものにて、更に政府には非ざる也。

古より君臣共に己れを足れりとする世に、治功の上りたるはあらず。自分を足れりとせざるより、下下の言も聴き入るるもの也。己れを足れりとすれば、人己れの非を言えば忽ち怒るゆえ、賢人君子は之れを助けぬなり。

何程制度方法を論ずるとも、其の人に非ざれば行われ難し。人有りて後ち方法の行わるるものなれば、人は第一の宝にして、己れ其の人に成るの心懸け肝要なり。

道は天地自然の道なるゆえ、講学の道は敬天愛人を目的とし、身を脩するに克己を以て終始せよ。己れに克つの極功は、「意なし、必なし、固なし、我なし。」と云えり。総じて人は己れに克つを以て成り、自ら愛するを以て敗るるぞ。能く古今の人物を見よ。事業を創起する人其の事大抵十に七八迄は能く成し得れども、残り二つを終り迄成し得る人の希れなるは、始は能く己れを慎み、事をも敬する故、功も立ち名も顕わるるなり。功立ち名顕わるるに随い、いつしか自ら愛する心起り、恐懼戒慎の意弛み、驕矜の気漸く長じ、其の成し得たる事業を屓み、苟も我が事を仕遂んとてまずき仕事に陥いり、終に敗るるものにて、皆な自ら招く也。故に己れに克ちて、睹ず聞かざる所に戒慎するもの也。

己れに克つに、事事物物時に臨みて克つ様にては克ち得られぬなり。兼て気象を以て克ち居れよと也。