2005年8月31日(水)
諫早湾干拓と漁業被害の因果関係認定できず・公調委
総務省の公害等調整委員会は30日、諫早湾干拓事業と有明海のノリ不作などの漁業被害の因果関係を認めるよう求めた漁業者らの原因裁定申請を棄却したそうである。これで農林水産省は大手を振って干拓事業を計画通り進めるのであろう、民主主義の手続きを踏んで決まった事は「計画通り」やり抜くのは「官」としては当たり前の論理であろうが、それはあくまで行政を円滑に進める為に与えられた法的擬制であり、事は取り返しのつかない環境破壊につながる問題である。干拓事業を決めた当時、環境への影響が議論されていないのであれば、そこに戻って十分な議論を尽くすのも民主主義であろう、この問題に積極的にコミットメントする政治家がいないのは残念である。
2005年8月30日(火)
またまたやってくれました
国民新党の亀井静香氏と田中康夫長野県知事の会談について、朝日新聞が捏造報道していたそうです。同社は記者の功名心と虚栄心に事件を矮小化して収拾しょうとしていますが、社会の木鐸を僭称するこの新聞社には報道機関として致命的な欠陥があるようです。面白いフラッシュを見つけましたので興味のある方はどうぞご覧になってください。傑作ですよ。→ここをクリック(捏造の社史)
2005年8月29日(月)
久々に面白い本
ブック・オフと言う、流行の古本屋で「Mirror for Americans:Japan」邦題「アメリカの鏡・日本」へレン・ミアーズ著、伊藤延司訳を見つけた。この著作の存在は知っていたが新版が出ていた事は知らなかった。GHQの労働局諮問委員会のメンバーの一人であった著者によって1948年上梓されたこの本は、西洋文明がアジアでやってきた事を例証し、言わばそれらが生み出した鬼っ子として日本を位置付けることによって、「私たち合衆国」による日本改造の正当性ありやの問題を提起している。虚心坦懐に歴史を見る、同氏の歴史観には敬服させらる。学生時代ルース・ベネディクトの「菊と刀」を読んでアメリカの女性学者は凄いもんだと思いましたが、この本にはもっと驚きました。必読の書の一つです。
2005年8月28日(日)
暑い中ご苦労様です
昨日、事務所の間近で日本共産党の方が辻説法されてあった。拙者事務所は裏通りの人通りがない場所にあり、どれほどの効果か判りませんが、暑い中ご苦労な事です。内容は何時もの紋切り型のそれですが、この政党の人達を見ていると、日本の政治にとって風紀委員の役割としての存在価値はあるような気がします。因みに小生、中学・高校では風紀委員に取り締まられるような事ばかりしていました。
2005年8月27日(土)
中露合同演習の本当の狙い
「平和の使命2005」と名付けられた合同演習。本当の狙いは何処にあるのだろうか?台湾と日本を同時に攻撃する二正面作戦のシュミレーションでもしているのであろう、リムパックに対抗しての示威ならば、空挺部隊を運用しての強襲上陸の練習は余計である。中共におけるこの頃の軍事費増大と装備の近代化を目指す動きは不気味である。日本の政治家には、もっと安全保障について真剣な論議をしてもらいたいものです。東アジア共同体なるものを夢想している政治家と政党があることに脅威を感じています。
2005年8月26日(金)
本当の爆弾発言
 空中給油機とステルス型戦闘機の導入を検討してください。片山さつき元主計官殿。 中露両国が核兵器も搭載可能な超音速爆撃機ツポレフ22Mバックファイアーを中国でライセンス生産させる契約を結ぶ可能性があるそうだ。そんなに遠くない将来の悪夢。この旧式の爆撃機離陸→我が国のイージス艦が捕捉→日本領空に侵入→撃墜命令を逡巡→福岡上空で原爆炸裂「我、奇襲に成功せり。パンダ、パンダ、パンダ」→その後日本のF15Jが当該機を撃墜。ジャンジャン。蛇足ですが、先日、露国大統領がデモンストレーションしていたツポレフ160爆撃機ではありませんのでその点は一安心ですが、お隣の国が核保有国であることをくれぐれもお忘れなく。
2005年8月25日(木)
幼稚な政治家気取りが多いと思いませんか
政治家のホームページを眺めていると、民主党においては、マックス・ヴェーバーに感化されている方が多いようである。残念ながらヴェーバーは、民主主義や議会主義は二義的の問題であり。政治において追求する第一の価値は、「国民の生活利益、死活の利害」であり、「国家の権力利害」だと言い切っているのをご存じないのだろうか、その為、ヴェーバーの『職業としての政治』はよくマキャヴェッリの『君主論』と比較される事が多いのです。両著の共通項は、政治を冷徹に観察している点とそれにひそむ悪魔性を自覚している点なのです。民主党の公約(マニュフェストと聞くと共産党宣言-das Manifest der Kommunistischen Partei-を思い浮かべるので小生は使いません、本家の日本共産党が政権公約と正しい日本語を使っている事が滑稽です)が果たしてヴェーバーの言う「政治において追求する第一の価値」に照らして適だと思っているのか、民主党の候補者に聞いて見たいものです。
2005年8月24日(水)
桃李不言下自成蹊(史記)
「桃李言わざれども下自ら蹊を成す」昨今は、「成蹊」してもらう為に、ありとあらゆる手練手管を用いねばならない、ラーメン屋・占い師・ケーキ屋の行列しかり、政治家の支援者作りにおいてもそうである。「不言」では始まらないのである、そこで有効なのは、あたかも意図が潜まない様な体裁をした「物語のでっち上げ」なのであるが、それに一番の信憑性を与えるのがマスメディアである。特に節操もなく映像と音声を垂れ流しているテレビジョンの影響力は大きく、それに提灯をつけた活字メディアが加わって、あらかじめ意図した行列ができるのである。メディア戦略を重視した卑近な例としては、ナチスのプロパガンダが挙げられるが、計算され尽くされたそれに対して、時代の熱狂の中で大衆が、その隠された意図を見抜くことは困難であった、今回の衆議院総選挙の騒ぎでふと感じた事である。
2005年8月23日(火)
まるで選挙は学芸会
民主党の選挙公約を読んで、この政党がこれほどおそまつ君とは思いませんでした。政治家に必要な3大要素「情熱・責任感・判断力」を満たしているとは思えない、ただ権力の派手な外観に憧れ無責任と虚栄心を求める、兄チャン姉チャン候補が民主党には多いのではと感じられます。国民はそろそろそれに気づき始めたのでしょう、政党支持率は下降の一途を辿るのではないかと思います。
2005年8月22日(月)
いよいよ笑わせてくれる事になりました
田中康夫氏を党首にしての「新党NIPPON」の結成、いよいよわけが解らなくなってきました。それにしても日本を党名として僭称するとはいい度胸です。党首の著作「なんとなくクリスタル」が時代の空気を醸し、クリスタルに象徴される透明で無機質なふわふわとした生活感を感じさせない雰囲気の中で、日本がバブルに酔いしれていた時を共有して生きた者として興味深いのは、ポリティカル・アパシーと思われていた若者が、歳を重ね政治に目覚め、ついには党首となった過程が如何なるものであったのかと言う事です。
2005年8月21日(日)
夏休みの思い出
 
  文学の径の句碑より

『のどかさや
 小山つづきに塔二つ』 子規

この句は、日清戦争時に、正岡 子規が日本新聞の従軍記者として尾道を通過したときの作と言われています。ここでの「塔二つ」は浄土寺の多宝塔と西国寺の三重の塔を眺めたものでしょう。尾道にまったく相応しい「のどかさや」が今回騒動の亀井静香、掘江貴文のご両人によって損われることがないように祈っています。
小学生低学年の頃、夏休みになると母に連れられて、祖父母の住む尾道に一ヶ月程滞在するのが慣しで、それは学校を気にせず、近所の友達と遊びたい自分にとっては、博多駅から約10時間の蒸気機関車を乗り継ぐ、あまり気乗りがしない旅だった。朝鮮釜山からの引揚者であった祖父母が住む、猫の額ほどの敷地に建つ居宅は、本土より数百メートル幅の尾道水道に隔てられた対岸の向島にあり、そこへ行くには駅に隣接した船着場から渡船に乗るより他はなかった。急流に流されながら10分程の船旅を経て渡し場を降りると、左手に大きな造船所のクレーンを見て、何ともいえない匂いを放つ澱粉工場に面する両脇に夏草が生茂ったでこぼこの細い道を歩き、約10分ほどで到着した。荷を解く間もなく煤まみれの顔と体を五右衛門風呂で洗い流すのであるが、その釜は鉄の全部が灼熱しているように思えて恐ろしかった。祖父はいっも不機嫌で、こども心にあまり近づきたくない感じがした。今にして思えば、治安警察の下級官吏ではあったが、外地での安定した暮らしと今の境遇に忸怩たる思いがあったのであろう。それに反して祖母は満面の笑みと心づくしの歓迎の宴で我々を迎えてくれた。数年前に尾道と向島を訪ねた事があるが、景観そのものはあまり変わっていないように感じた。多分、平地が僅かばかりしかない当地の地理的条件が幸いしたのであろう。話は変わるが、今回の刺客騒動の掘江貴文氏が、六本木からご当地に住民登録を移すそうである。観光都市尾道市としては街の宣伝と地方税増収で歓迎だとは思う。ただ、この街のイメージと同氏のそれがしっくりこないと感じるは、小生のノスタルジアが原因であろうか、名画「東京物語」を生んだ、この街の時間が止まったままでいて欲しいと勝手に願っている。
2005年8月20日(土)
ふと思った事
政治指導者にまず必要なものは、自らの信念に基づく使命(Sache)への献身という意味における「情熱」である。マックス・ヴェーバーが職業政治家に求めた資質の一つであるが、これに照らして合格点を与える事ができる候補者の見極めが一番大切ではないかと思います。本会議の採決に棄権もしくは欠席した代議士に、賛成の踏絵を踏ませた上で自民党は公認を与えているようでありますが、この種の人物はそもそも政治家たる資質に欠けるのではないかと考えます。昨今のTVワイドーショーでの刺客騒ぎが一体なにを意味しているのか、その行く末の政治状況がどんなものになるのか、ポピュリズムへ抵抗勢力の登場を望んでいます。
2005年8月19日(金)
残念〜
掘江もんちゃん、福岡1区ではなく広島6区で無所属での出馬だそうだ。イトマン事件や石橋産業事件の許永中と仲良しだった亀井静香先生と議席を争うそうだ、広島6区といえば田園風景の山間部と瀬戸内海の風光明媚な島嶼部を抱えるITとは縁遠い地域だと思うが、目立ちたがり屋の掘江もんちゃんにとっては選挙区などは何所でも良いのだろう、目糞鼻糞の戦いで漁夫の利を民主党が得る事が無いよう願うばかりです。
2005年8月18日(木)
見逃せません
福岡市内の選挙はどれもこれも面白くなる予感でワクワクさせられます。1区は「労働貴族の松本龍vsIT長者の掘江もん」2区は「女性不人気の山崎拓vs数年前に海を越えてやって来た究極の落下傘の平田正源」3区は「失言癖の太田誠一vs違反スレスレ組合だよりの藤田一枝」掘江もんは嫌いだったのですが、もし福岡1区の事情を全国に知らしめる為に立候補されるのであれば大歓迎です。何しろ福岡市内のそれぞの選挙区事情は現代日本が抱える諸問題の縮図です。その中で自民党の候補者が勝利できてこそ、市民が嫌な感じから開放される時だと確信しています。
2005年8月17日(水)
唖然とさせれ言いようのない嫌悪感を覚えた事
スイスの首都ベルンにて開催中の中国現代美術展にて、死亡した人間の胎児の頭部をカモメの身体に接合した作品が展示され、物議を醸している。作品を制作したシャオ・ユ氏は、作品に用いられた頭部が実際に死亡した胎児から取られたものであることを認め...映像はあまりに酷いので割愛。死者に向けられる支那人の感覚は我々日本人にはとても理解が及ばない物があるようです。流石、死刑囚の臓器売買や、つい最近まで市場に人肉が並んでいた国ならばそうかと妙に納得させられました。この国と死者の霊の弔い方を議論しても不毛があるのみでしょう、日本人のメンタリティとは相容れない大きな壁が存在していると感じます。興味のある方は「支那人の食人肉風習・桑原隲藏著」をご覧下さい
2005年8月16日(火)
8月15日を過ぎて
昨日は近隣国では「抗日戦争戦勝記念日」「光復節」とやらでお祝いの日だそうだ。盧溝橋から始まった中国大陸での戦いは、現在の教科書では「日中戦争」と教えられているそうである。小生が中学校で学んだ教科書では「日華事変」or「支那事変」であったと記憶しているが「戦争」に格上げされている。蒋介石がドサクサ紛れに「カイロ会談」に参加し連合国の仲間入り、大日本帝国の「ポッダム宣言」の受諾により、いつの間にか国共合作支那が「戦勝国」になった日である。一方、朝鮮半島では日帝支配からの開放の祝日だそうである。朝鮮の殖民地化に至る経緯は、両班支配の伝統がもたらした官僚腐敗と国土荒廃、加えて清国・ロシアの圧力で統治能力を失った李朝末期の朝鮮を何とかして安定化する事が地政学的に日本としては喫緊の課題であった点にある。朝鮮総統府の初代統監である伊藤博文はインフラ整備等で莫大なコストを要する併合には反対の立場であり、出来れば直接統治は避けたかったのであるが、事もあろうにその伊藤をテロリストの安重根が暗殺してしまい、日本の怒りに怯える朝鮮の最大政党・一進会が自ら併合を申出して来た為、あまり気乗りのしないその提案に応じただけの話である。その時、日本は国際世論を慮って米、英に同意を求めた。それに対し、米国大統領S・ルーズベルトは「コリア半島は日本のものである」と賛成、英国も外務大臣が歓迎を表明。さらに仏、独、伊、露、清などの承認を得て併合に至ったのである。時は過ぎて、昭和20年8月15日、日本の無条件降伏により朝鮮総督府の「日章旗」が降ろされ、第三国の人達によって「太極旗」が掲揚されたが、朝鮮半島南部からの米国進駐が始まった同年9月8日の翌日に「太極旗」は降ろされ、再び「日章旗」が掲揚され、その後に「星条旗」がソウルの街に翻り米国による軍政がスタートした事を知る人は少ない、同時期に北からは、相変わらず領土的野心剥き出しのスターリン率いる共産ソ連軍が傀儡人形の金日成を引き連れて進駐。朝鮮半島は38度線を境に南北に分断されたのです。当時、朝鮮の人々は双方の進駐軍に解放者としての喝采を浴びせましたが、その後の朝鮮半島がどうなったかについては話をするまでないことでしょう。この頃の韓国盧武鉉政権の外交政策を見ていると歴史に学ばない伝統は健在だと感心しています。話は変わりますが、独立自尊の気概を持たない東アジアのこんな国々と共栄圏を築くことを夢想している岡田党首率いる民主党は狂っているとしか思えません。徒に刺激する事は危険ですが、阿る事はもっと危険です、歴史に学んだ脱東亜こそ日本外交がとるべき方向性だと確信しています。
2005年8月15日(月)
還暦を迎えた戦後
大東亜戦争とは何だったのでしょうか、その歴史的意味付けによって国論はしばしば二分されます。アーノルド・トィンビーが説くように、極東アジアのチャンピオンであった大日本帝国が西洋の東漸に楔を打ち込んだ戦いであるのか、それとも軍国日本によって東アジアの人々に塗炭の苦しみを与えた戦いなのか、歴史に「もし」があるとすれば、この戦争がなければアジアは現在のアフリカのごとき様相を呈していたのではないかという事です。60年の歳月は、その事についての中立的な歴史の検証をするのに十分なクーリングダウンの期間を与えてくれていると考えます。
2005年8月14日(日)
お葬式
妻の里は瀬戸内海に浮かぶ周防大島であるが、その島は長寿の島として知られ、道路の警告表示に「お年寄りに注意」と大書されているほどである。この島は嘗てはハワイ移民を多く送り出した事でも有名であり、昨日亡くなった妻の祖母の姉妹もハワイの土となっている。先に亡くなっていた祖母の夫は船乗りで、真珠湾奇襲攻撃に兵站補給の船を操って参加したそうである。敗戦後60年、数奇な運命を背負って昭和・平成を力強く生き抜いて来た老婆の死、もって瞑ずべし。
2005年8月13日(土)
人の死
妻の祖母が亡くなった、山奥の老人病院で94歳の生涯を閉じた。一昨年大腿骨を転倒骨折し、老夫婦が老人を介護する事が困難となった為、仕方なく老人病院に入院せざるを得なくなり、その結果としての孤独な死である。人の死には色々な形があるのだろうが、現代日本の寝たきり老人の置かれた状況を象徴させられる、その死の形に複雑なものを感じさせられた。
2005年8月12日(金)
20年前の今日
日航ジャンボ機墜落事故から20年経ったそうだ、当時の記憶を辿って見ると、あの大事故の第一報を聞いたのは広島の歓楽街流川の飲み屋であった。500人以上の人間が乗っている飛行機が墜落する事のイメージが沸かず、なんとなく大変な事故が起きたと言った感じだったと思う、その後事故の詳細が報道されるにつれて、二重三重に安全対策が施されていると称されていたシステムが案外脆い事に気づかされた。交信記録の最後に残された「pull up .pull up.....」と無機質な機械の警告音が不気味であった。
2005年8月11日(木)
面白い事になって来ました
文章完成法テスト(SCT)と言う、人の性格・知能・生育状況やらを総合的に判定する心理テストがある。そのテストでは書かれた字の筆圧やら跳ね方の癖などで大まかな人物像を想像する事も出来る。小泉純一郎首相の揮毫を判定すると、同氏は「SeH」ではないかと予てより思っていた。Sは分裂質が大、eは粘着質が小、Hはヒステリーが大といったところであるが、特に字の跳ね具合の強さからは典型的なヒステリー質を窺う事が出来る。知能が高い「S」は、起承転結がはっきりした簡潔で的確な受け答えをする人が多く、曖昧な表現をすることがない。時に人を傷つけるよう言葉をさらりと言ってのける事もあり、冷淡な人物と評価されることもあるのだが、本人にはあまりその自覚はない。「e」は粘り強さや執念深い性格を現すがそれが人格を支配する程までには強烈ではないだろう。この人の性格を特徴付けるは「H」の強さだと思う、感情の起伏が激しく逆上すると何をするかわからない恐ろしさを持っている。いずれにせよ社会変革の転換点では「狂」を必要するのが世の常である。今回の驚天動地の解散劇はその意味では日本のこれから先にとってプラスとなるであろう。それにしても反対派の人達はこの人の性格を見誤ったようです。
2005年8月10日(水)
私は小泉首相を支持します
≪衆院で反対した議員一覧≫山下 貴史(北海道10区・亀井派)野呂田 芳成(秋田2区・旧橋本派)津島 恭一(東北比例・旧橋本派)小泉 龍司(埼玉11区・旧橋本派)堀内 光雄(山梨2区・堀内派)保坂 武(山梨3区・旧橋本派)小林 興起(東京10区・亀井派)八代 英太(東京比例・旧橋本派)綿貫 民輔(富山3区・旧橋本派)松宮 勲(福井1区・亀井派)村井 仁(長野2区・旧橋本派)野田 聖子(岐阜1区・無派閥)藤井 孝男(岐阜4区・旧橋派)古屋 圭司(岐阜5区・亀井派)城内 実(静岡7区・森派)青山 丘(愛知7区・亀井派)小西 理(滋賀2区・旧橋本派)田中 英夫(京都4区・堀内派)左藤 章(大阪2区・堀内派) 森岡 正宏(奈良1区・旧橋本派)滝 実(奈良2区・旧橋本派)川上 義博(鳥取2区・亀井派)熊代 昭彦(岡山2区・無派閥)平沼 赳夫(岡山3区・亀井派)亀井 静香(広島6区・亀井派)亀井 久興(中国比例・河野グループ)能勢 和子(中国比例・亀井派)山口 俊一(徳島2区・無派閥)自見 庄三郎(福岡10区・山崎派)武田 良太(福岡11区・亀井派)今村 雅弘(佐賀2区・旧橋本派)保利 耕輔(佐賀3区・旧橋本派)衛藤 晟一(大分1区・亀井派)江藤 拓(宮崎2区・亀井派)古川 禎久(宮崎3区・旧橋本派)森山 裕(鹿児島5区・旧橋本派)松下 忠洋(九州比例・旧橋本派):他野党の皆さん≪衆院で棄権した議員一覧≫北村 直人(北海道7区・堀内派)梶山 弘志(茨城4区・無派閥)小渕 優子(群馬5区・旧橋本派)中村 正三郎(南関東比例・森派)近藤 基彦(新潟2区・堀内派)望月 義夫(静岡4区・堀内派)斉藤 斗志二(静岡5区・旧橋本派)柳本 卓治(近畿比例・亀井派)高村 正彦(山口1区・高村派)佐藤 信二(山口2区・旧橋本派)福井 照(高知1区・堀内派)渡辺 具能(福岡4区・山崎派)古賀 誠(福岡7区・堀内派)野田 毅(九州比例・山崎派)この人達の一覧を見ているとなんとなく何故反対したのかが見えてきます。この中でも比例で選出の議員は何を考えているのか判りません、議席の員数合わせとしての立場を弁えない勘違いをしているのでしょう、それと民主党の議員は郵政改革に反対なのですか?なんでも反対の万年野党であった今は無き何とか党と体質はちっとも変わっていないようです。我々国民は真のスティツ・マンを待望しています。
2005年8月9日(火)
臥薪嘗胆
60年前の8月9日午前11時ごろ、米軍のB29爆撃機ボックスカーがプルトニウム型原爆ファットマンを投下、長崎市松山町の500m上空で炸裂させた。瞬時に約7万4千人の市民が死亡、約7万5千人が重軽傷を負った。同日の未明、ソ連軍は中立条約を破り、戦車5千台・兵員157万人の圧倒的戦力で満州国に侵攻してきた。同地を守備していた関東軍は敗退。満州に移住していた100万を超す日本人居留民は戦闘に巻き込まれ、多くの犠牲を強いられた。この事により、凄惨を極めたソ連によるシベリア抑留や中国残留孤児の問題を生むことになった。広島への原爆投下は百歩譲って「本土決戦による人的損耗を双方が避ける為」との米国の強弁を認めるにしても、長崎への二発目の意味する所は「黄色い猿」を使った人体実験である。一方、20世紀の悪魔スターリンに率いられたソ連が狡猾な戦勝国となり、北海道を奪取しようと目論んでいた事を日本人は絶対に忘れてはならない。
2005年8月8日(月)
今日は何の日

スターリニストのこいつのおかげで日本は酷い目に合わされました。
8月8日午後5時、佐藤尚武大使は、講和の斡旋を求め、ソ連外相モロトフに面会するために、クレムリンを訪れた。「ベルリン会談は、いかがでしたか」モロトフは、にこりともせずに、「今日は、重要な通告をしなければなりません。おかけください」そして彼は、日本に対する宣戦布告文を読み上げた。それに対して大使は、日ソ中立条約に違反して開戦するソ連の背信を咎めないばかりか「3年余のソ連滞在の間、自分のためにモロトフ外相が施してくれた全てのことに対し、深い感謝を表したい、ソ連政府は自分と日本政府に対し常に丁重だった」と礼まで述べたという。この間抜けな外務官僚は戦後、参議院議員となり議長にまでなった。話は変わるが、今日、郵政民営化法案が参議院で否決された。民主主義を混乱させる二院制は不要だと強く感じました。
2005年8月7日(日)
私的広島体験
小生、二十数年前に広島で生命保険会社の営業所長をやっていた。その営業所が受持つ営業エリアは原爆投下目標の相生橋に近い「平和の時計塔」を先端にして元安川と旧太田川に挟まれ、広島湾に向かって扇状に広がる地域であった。そこには30名程の婦人営業職員が働いていたが、時折「ピカ」について話を聞かされる事があった。彼女達には「手帳」を持っている者も多かったが、その事についてはあまり話したがらなかった。「直爆」と「間接被爆」の言葉も彼女達から聞いて知った。営業所は当時、広島一の高層ビルの中にあったが、8月6日には何所からともなく線香の匂いが流れてきた。そのビルを竣工する時に多くの人骨が出てきた為、屋上に慰霊碑を建立しその日は供養の線香が絶えないからである。今でもその供養が続いているのか気になっている。
2005年8月6日(土)
Ruin From the Air>

ナチス・ドイツのアウシュビッツに匹敵する人類史上稀に見る虐殺行為が60年前のこの日に実行された。
マンハッタン計画として知られる悪魔のプロジェクトは日本から南南東の方角、遥か二千四百キロの洋上に浮かぶテニアン島北飛行場より飛び立ったB29爆撃機エノラ・ゲイに搭載されたウラン型原爆リトル・ボーイを広島上空で炸裂させる作戦コードネーム「シルバー・プレート」により数万人の無辜の非戦闘員を一瞬にしてこの世から消し去る事によって完了した。ニュルンベルグ裁判中に服毒自殺した、ゲーリング元帥の陳述が印象深い「大変な事をなしとげたものだ。わたしはこれには関係したくない。わたしはもうこの世を去ろうとしている。原爆は人類を亡ぼすであろう。そしたら、人類はまた始めからやりなおさなくてはなるまい」
2005年8月5日(金)
敵は新に残虐なる爆彈を使用して頻に無辜を殺傷し惨害の及ふ所眞に測るへからさるに至る(終戦の詔勅より一部抜粋)
明日は広島に原爆が投下されてから60年である、人類史上未曾有の無差別虐殺攻撃の日付を記憶していない日本人が多いそうだ、長崎に至っては原爆を投下された事さえも日本人の記憶から薄れているそうである。この惨劇を民族の忘れがたい記憶としてどの様に語り継ぐべきなのであろうか、広島原爆記念公園にある石碑に刻まれた碑文に『やすらかに眠ってください。あやまちはにどとくりかえしませんから』とある。小生広島に4年程いた事があるのだが、この碑文にはいつも奇異な印象を持っていた。字面通り読めば戦争という過ちを犯したからこの惨劇に遭難してしまったと読めるからである。「過ち」とは「人類が犯した過ち」と解釈すべきとの意見があるが後知恵であろう、自虐史観を窺える曖昧模糊とした碑文であり、明日を担う子供たちに正確に原爆の惨害と何故日本が標的とされたかについてを教える為には好ましくないと思われる。原爆の投下は当時の国際法に照らしても明らかに戦争犯罪であり免責すべき事由はどこにも見当たらない、真珠湾奇襲攻撃と天秤にかけてその事を免責にしようとする考え方が米国に存在する事は日本人としてとても容認できないと考えます。
2005年8月4日(木)
クローン技術の事
韓国ソウル大学で今度は犬のクローンニングが成功したそうである。1997年2月、スコットランドのロスリン研究所での「ドリー」と名づけられたクローン羊誕生以来、牛・馬・マウス・猫そして犬がその列に加わったのであるがヒトのクローンも可能なのだろう、それにしてもあまり気持ちの良い話ではない、猫のクローンにいたっては失われたペットを蘇らせるビジネスとして開発されたそうである。アニミズム的な感性を持つ我々原日本人からすれば、生を玩ぶ所業としてばちあたりな事だと直感的に嫌悪感を覚えます。科学の進歩と称し、どれだけ多くのものを失って来たのか、そして失おうとしているのかについて思いを巡らすべきです。
2005年8月3日(水)
不思議な国会決議
名称は「国連創設およびわが国の終戦・被爆六十周年に当たり、さらなる国際平和の構築への貢献を誓約する決議」だそうである。郵政関連法案で参議院に注目が集まるどさくさに訳の解らない衆議院の決議である。わが国の過去の一時期の行為がアジアをはじめとする他国民に与えた多大な苦難を深く反省し唯一の被爆国として、核廃絶や戦争回避などに努力するそうである。国会は法案を審議する場であって、歴史の評価をする場ではないはずである。将来、この決議が外交上邪魔になる事になったら代議士の先生方はどう国民に責任をとるのであろうか、東アジアの情勢如何によっては非核三原則を放棄せざるを得なくなるかもしれない事を想像できないナイーブな代議士に国家運営を任せてよいものか心配です。
2005年8月2日(火)
代議士の死
郵政民営化法案の参院本会議採決が5日にも予定される中、自民党亀井派の永岡洋治衆院議員(茨城7区)が1日、都内の自宅で首をつっているのが発見された。永岡議員は法案に反対していたが、衆院本会議の採決で賛成。支持者らから批判を受け苦悩していたと言う、享年54だそうだ、この人の略歴を見ると東大法・ハーバード大・キャリア官僚と絵に書いたようなエリートコースを歩んできたのが窺える。ただ、選挙では2度の落選を経験しており、余程落選の恐怖が強くて自らの命を絶ったのかとも思われる。自らの信念で行動すればよいとの掛声が郵政民営化法案反対の議員連中から聞こえてくるが、果たしてそうであろうか?党に所属している以上、党が決定した事に従うのは自明のことであり、まして党首が公約としてきた事項について青票を投じる事は、民主主義を円滑に進める道具としての政党政治への反逆である。永岡代議士が本会議において白票を投じた事はなんら恥ずべき事ではないのである、ご冥福お祈りします。
2005年8月1日(月)
北朝鮮に負けた
残念〜、それにしても日本代表には体の切れがなかった。きついスケジュールに負けたのであろうが、小笠原と中澤の凡ミスは疲れによる集中力不足としても信じられないものである。敵に囲まれた状況では、パスよりも兎に角、遠くにクリヤーを選択するのが常道であろう。小学生のサッカーを見習って欲しい、敵を甘く見ての敗戦は良い教訓を残してくれた。後半、出場した巻と田中選手の今後に期待が出来るパフォーマンスはこの試合に於ける、日本代表の唯一収穫であった。巻選手のオフサイドの判定は北朝鮮の最終ラインのデフェンダーがずっこけてラインを上げ損った瞬間のパスで、テレビのVTRで見ると、明らかにオフサイドではなかったと思われるが副審を責めるには酷であろう、ただ審判のレヴェルが低いのは東アジアサッカーの現実であると再認識させられる試合でもありました。