2005年7月31日(日)
テレビを見ていて思った事
郵政民営化の問題で、それに反対する自民党・平沼代議士が、このままでは外資系金融機関にやられてしまう危険性を指摘していた。はっきりウオールストリートを動かすユダヤ系金融資本と言ってやれば判り良いと思った。日本人には日露戦争時に戦費を融通してくれたユダヤ人に恩義を感じている者が多いのであるが、当時、帝政ロシアはユダヤ人を弾圧していた事から敵の敵は味方である理由から起債協力してくれただけの話である。ナチスドイツの悪逆非道を戦費面で支えていたのがロスチャイルド家であった事もよく知られているが、ユダヤ系金融資本は現代史における数々の戦争に戦費調達の面で大きくかかわっている、彼らにとって人道面に悖る戦争か否かは関係ないのである、要は金融面において支配できるか否か、それによってどれくらいの熟した果実を収奪できるかが問題なのだ。平沼代議士は長銀処理に際してのリップルウッドの姦計にまんまと嵌った事を嘆いていたが、郵政民営化が進められる中で、代議士各位におかれては金融についての理解をもっと深めて、必要な法整備をしていただきたいと思いました。
2005年7月30日(土)
徒然なるままに
昨日、愚息が高校サッカーの試合を終えて帰ってきた。善戦及ばず負けたとの由、彼にとって幼稚園児より始めたサッカーに一区切りの日である。その日は奇しくも、帰宅途中に日焼けした少年サッカーの可愛らしい一群に遭遇した。彼の小学生時代のプレイが思い出され幸せな気分であったので、ケーキをお土産に買って帰った。サッカーは少年を紳士にするスポーツと言われているが、愚息がこの後どう成長して行くのか興味が尽きない。
2005年7月29日(金)
蒼ざめたる馬に乗る者の事
ヨハネ黙示録6-8「視よ蒼ざめたる馬あり、これに乗る者の名を死と言ひ、黄泉これに随ふ」21世紀の現代、蒼ざめたる馬が大暴れしている。テロの根絶が叫ばれているが無理であろう、英国でのブラジル青年が射殺されたごとき、問答無用な異形の人々に対する不寛容な勢力が米欧諸国にて力を増してくると思われる。これまで米欧では多様な価値観を民主主義の中に包摂する事を目指してきたが、それは間違いではなかったかといった論調が出てきている。我々日本人にとっては無原則とも思われる、異なる価値観に対する寛容精神を自負するあのオランダでさえ、イスラム教徒による映画監督のテオ・ファン・ゴッホ氏殺害の一事件によってその寛容精神は鈍り、多文化主義は失敗であり、寧ろそれがテロを生む揺籃となっているとの指摘さえ出てきている。民主主義とは詰まる所、自由・平等・友愛に価値を置き、政治の道具として多数決を奉ずる事にあると信じるが、マホメットとマルクスの教えにはそれがない、多分、戦う相手がこの世から居なくなるまで戦いは続くと思います。多神教の民である我々にとっては厄介な事です。
2005年7月28日(木)
一寸気掛かりなこと
もうすぐ大地震が来そうであるが、地震予知には過度の期待を寄せない方が賢明であろう。それよりも発生後の諸対策に抜かりがないかを総点検する事が肝要と考える。先に起きた福岡の地震でもあらぬ噂話が巷間に流布されたが、揣摩憶測の類から集団がヒステリー状態に陥る事とその恐ろしさを我々は経験的に知っている。情報通信網が寸断され、今まで浴びるような情報過多の社会に住んでいた人間が、それから寸断された情報の孤島に放り出された時にどの様な行動を採るのか一寸気掛かりである。嘗て、関東大震災発生直後に朝日新聞を始めとする多くの報道機関が「不逞朝鮮人の襲来」を囃し多くの悲劇を生んだ事を忘れてはいけないと思います。
2005年7月27日(水)
6カ国協議スタート
日本の首席代表である佐々江賢一郎アジア大洋州局長が拉致問題に触れた事は大変評価できる。孤立化と日本のマスコミは報じているが、それで良いのではないかと思う。そもそも6カ国協議参加国の中で民主主義の価値観を奉じているのは日本と米国だけで、我々のイデオロギーに照らすと他の四カ国には相容れない大きな壁が最初から存在するのである。国際政治の場では協調主義とは味方を作る為に迎合することではなく、積極的な敵を作らずに自国の利益を追求するを上策とするのであるから、日本国としては己が立場を最初に闡明し、後は黙って事の成り行きを見てれば良いだけの話である。
2005年7月26日(火)
自由形
 柴田選手の活躍ぶりはベルリン五輪の前畑選手以来の日本女子競泳陣の快挙だと思いませんか。
ベルリン大会実況
世界選手権女子400m.自由形で日本の柴田亜衣選手が4分06秒74の日本新記録で堂々の銀。日本の水泳界では国際大会で上位進出をめざす為に、ジュニア時代に才能が見込まれる選手を自由形以外の比較的競技人口が少ない種目に絞って育成強化する傾向が見られた(60年ローマ五輪での山中毅選手以降、自由形でのメダルは皆無)その傾向に風穴を開けたのが千葉すず選手であったと思う、その千葉選手は水泳連盟からどういう訳か異端児として阻害されたのであるが、当時の連盟のお偉方には「自由形」ではメダルは無理との思い込みもあったのではないかと考えられる。柴田選手はアテネでは800m.で金の歴史的快挙を成し遂げ、今回もその実力を世界に知らしめている。日本のスポーツジャーナリズムはもっと彼女を評価しても良いのではないかと思います。
2005年7月25日(月)
東京の地震に思う事
震度情報が速報されなかった事が問題になっている。システムの限界を超えたとの弁、今ひとつ原因がはっきりしないが、類推するに、サーバーとか回線とかの通信に関する問題なのであろう。であれば、そのシステムを構築した会社等を発表して欲しい、些細な事をケチってそうなる事が情報システムの世界ではよくあるのである。見栄を良くする為には過大なコストを費やすが、システムを支える基幹のプラットフォームの構築にはケチる傾向がある。何故その様な事が発生するのか、原因はシステム全体を評価する人材が組織のトップ層にいないか、そもそも、その事が持つ重要性を理解できないかである。行政や大企業では○○システム開通式典などと銘打って仰々しくお歴々の皆様がテープカットし、決められたボタンを押して「オオ出た出た」とモニターに映し出される画面に感嘆する光景がしばしば見られる。このお歴々のおっちゃんやおばちゃんが、どのような仕組みで、システムが稼動しているのかについて理解をすれば解決する。システムの問題は現代社会において、マネージメント層の「良きにはからえ」で済む事ではないのである。
2005年7月24日(日)
政治任命を蔑ろにする民主主義の敵
石原東京都知事が副知事を天下りさせて事について批判的な報道があった。何が問題なのか解らない、ポリティカル・アポインティーに何の問題があるのだろうか、役人の役人による役人の為の天下りが問題なのである。それよりも西博義厚労副大臣が国のアスベスト対策について20日の衆院厚生労働委員会で「決定的な失敗」「(関係省庁の)谷間の状況にあった」と答弁したのに対し、同省の戸苅利和事務次官は21日の定例記者会見で、「可能な限りの必要な対策を取ってきた。失敗ではないが、省庁間や関係者の連携に問題があったのかをよく見極める必要がある」としらっと言ってのけたのに仰天した。行政官が政治任命された上席の副大臣にいちゃもんをつけたのである。行政改革など屁の河童の態度である、霞ヶ関では未だに「民は由らしむべし知らしむべからず」の意識は健在なようです。こんな役人は即座に罷免すべし。
2005年7月23日(土)
続人民元について
日本経済にとって軽微とのアナリストの見解が多いようでありますが、特に株屋系のアナリストの言は疑ってかかった方が賢明だと思います。学生時代に習った古典的経済学、生産の3要素は「土地」「労働」「資本」です。そのいずれもが安い支那であるからこそ世界経済のフロンティア・生産工場ともて囃されて来たのです。生産工場とは言え殆どはアセンブリー中心の組立工場であり、独自開発の付加価値を持つ生産物は極めて少ないのが現実ではないかと思います。確かに部品輸入には有利でしょうが、それによって輸出面での競争力減退を補う事は無理です。それと人口の太宗を占める農業従事者に与える打撃は計り知れなく、共産党の一党独裁に農民の不満が爆発し暴動頻発、それに乗じた軍閥勢力の復活拡大による国家分裂が現実のものになるかもしれません。切上げ幅が僅少だった為、今のところは大したことはないでしょうがラムネの栓が抜けた事実に注視すべきです。長いスパンで考えると為替による裁定機能が働くようになれば、日本にとってこの国は発展途上国並の一人あたりGDP人口を多く抱える、突出した軍事力を持つ厄介な隣邦になると思われます。恐らく中共政府はソフト・ランディングを意図して恣意的な弥縫策を繰り出してくるでしょうが、米国は嘗て日本にしたような圧力をかけ続けるでしょう、日本の場合はうまく調整できたのですが、民度を含めての諸条件を考えると中国ではそれは不可能です。また、共産主義は米国にとって不倶戴天の敵である事も忘れるべきではありません、今はイスラム原理主義者との戦いに忙しく、二正面作戦の愚を冒さない為、資本主義の仮面を被った共産主義者との軋轢を意図しない振りをしているだけです。現代の十字軍遠征に勝利した米国連合による、世界最終戦争の戦端を開く契機となる、最悪のシナリオである米中の開戦について想像力を働かすことが必要です。
2005年7月22日(金)
人民元のこと
人民元はドル・ペッグ制によって、1弗=約8.27元に固定されてきた。これを2.1%切上げて=8.11元にすると突然の発表である。米国の非難に対して機先を制した格好となったが、2.1%ではToo Littleであろう。名目ベースで対弗20%、実質30%程安いと評価されている同通貨には今後も切上げ圧力がかかり続け、フロート制に移行していくのであろう。中国熱に冒されて資本投下してきた日本企業の皆さんはとりあえずドルベースでの為替差損が発生いたしました。中共政府の為替管理は、近い将来部分的なフロート制に移行するにしろ、恣意的に進められるでしょう、欲の皮が突っ張った売国的な日本商人の方々も注意した方が良いかと警告いたします。人民元に印刷された毛沢東を見るたびに嫌な感じを覚える日本人より。
2005年7月21日(木)
文明の逆襲
アスベストの問題が世間で騒ぎになっている。アスベストは、耐熱性、耐磨耗性、耐腐食性などに優れるため、建材を中心に巾広く使用されてきた。何の為かは知らないがベビーパウダーにも混入されていたそうだ。かなり前から、その危険性については報道されていたので、建築物の解体工事で巻き上がる粉塵が気になっていた。全面的に使用が禁じられたのは平成16年だそうだが、危険性が指摘されてから、かなりの時間が経過しての禁止である。この問題は、我々が享受している文明によって生み出される生産物が、長い時間の経過とともに突然、思いもしなかった災禍をもたらすことがある可能性についての示唆を含んでいる。これらの事を未然に防ぐ手立てを我々は持ち合わせていない、同じような時限爆弾の導火線に火がついているのかもしれないのである。雀荘でのすべりを良くする為にパウダーをふりかけていた、まさかを病む原因物質をふりかけていたとは思いもしなかった、駄洒落ですいません。
2005年7月20日(水)
猛暑の予感
韓流ブームの影でクローズアップされなかったが、多くの日本の若者が韓国と中国を嫌っている状況が顕在化してきている。嫌韓・嫌中の若者が非常に多くなってきている現実が、将来、東アジアでの日本外交の舵取りを難しくする可能性もあると思われる。何故、若者の多くがその様な感情を持つに至ったかについては、我々大人に責任があると考える。自国に対して自虐的歴史認識を植えつける歴史教育に専念した結果である。「反省と謝罪」何に対して反省し謝罪するのか、ちっとも判らない事を「兎に角、日本は悪い事ばかりをアジアの人々にしてきた」と狂信的に植えつけようとした左派勢力への若者の反動と捉えるべきである。現在の状況は「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」の健全なナショナリズムとは言い難いものもあり、その点は気掛かりではあるが、これを契機に自虐史観からの脱却が図られればこれに越した事はないと思う。
2005年7月19日(火)
知人の死
16日午後8時40分ごろ、郡山市安積町笹川の国道4号交差点で、右折しようとした同市安積町南長久保2、保険外交員、吉村春枝さん(49)の乗用車が、対向車線を走ってきた須賀川市西川、飲食店従業員、植田徹也さん(36)の乗用車と衝突した。吉村さんは腹を強く打って死亡した。植田さんも肩に軽傷を負った。(毎日新聞2005年7月18日)以前勤めていた会社の同僚が事故死との連絡が入った。インターネットで検索した記事は先の通りである。何所にでもあるありきたりの交通事故報道であるがツームストーンとして日記に残しておこうと思った。
2005年7月18日(月)
面白い事になってきた
米議会で、中国国有の石油大手「中国海洋石油 」による「ユノカル」の買収計画に対し、安全保障上の理由などから反対する動きが相次いでいる。 嘗てココム規制と言う対共産圏への輸出制限があった。ソ連邦の崩壊もあり、現在はワッセナー・アレンジメントと形を変えテロ支援国や団体への輸出を規制している。最近IBMのパソコン部門が共産中国のレノボに売却されたが時代は変わったものだと感じた。今回は米国の世界支配に関わる戦略物資「石油」の事なので、流石に米国議会も黙っていられないのであろう。先週あるTV番組の中で、「支那人はしたたかで頭が良い、日本はバブル時代に米国の不動産を買ってパーになったが、支那は違う」との発言。果たしてそうであろうか?日本人はエクソンやカーギルのような会社を買収しようとすればどうなるかが分かっていたからしなかっただけの話しである。虎の尾を踏む様なマネはしないのである、これから先、増長した支那人が色んな局面で虎の尾を踏んで来ると思われるが、その行き付く先がどうなるか見物である。一方この一件で、米国の市場主義はやっぱり自国都合によってコロコロ変えられる事も証明されました。
2005年7月17日(日)
大田原市グッドジョブ
栃木県大田原市内の中学校で来年度から、扶桑社の歴史と公民の教科書が使用される事になった。これに対し、左翼系プロ市民および支那と半島からの嫌がらせと脅迫が続いているようである。こいつらはこの教科書を読んだ事があるのだろうか?HP上で概略を読んでみたが、至極穏当な内容である。冒頭の「歴史を学ぶとは、今の時代の基準からみて、過去の不正や不公平を裁いたり、告発したりすることと同じではない。過去のそれぞれの時代には、それぞれの時代に特有の善悪があり、特有の幸福があった」のくだりには我が意を得たりの感があります。この教科書が広く全国の中学校で採用されることを希います。
2005年7月16日(土)
戦犯問題に思う事
「先の大戦」は何を政治目的としていたのか判然としない、大東亜新秩序建設を目的とする戦争とされているが抽象的である。戦争とはクラウゼヴィツが言うように「ゲバルトによって相手を従わしめる手段」なのであるが、当時の戦争指導者は何を目的にしていたのか理解できない。支那事変以降の国家が存亡の危機の淵に追いやられた「先の大戦」には明確な呼称が付与されていない事からもその事が想像できる。文明間の衝突に一区切りをつけた戦いであったのかもしれない、東インド会社設立を嚆矢とする西洋の東漸に日本文明が楔を打ち込んだ歴史的評価が成り立つのかもしれないのだが、アングロサクソンの姦計にまんまと引掛り、無謀な戦争をひきおこした敗戦責任は戦争を企画運用した軍部指導者にはある。杜撰な索敵行動と慢心により敗戦を決定付けたミッドウエー戦しかり、作戦の責任を問う論議がなされていない事の不思議を感じます。小生の子供の頃は幼いながら、友人と「どうすれば日本は勝っていたか」の持論を展開していたものでした、その気持ちは今でも変わりません。
2005年7月15日(金)
福岡名所
福岡市の中心部天神の東端に水鏡天満宮がある、ここの鳥居の石に刻まれた扁額「天満宮」が、廣田弘毅の揮毫を基にしてある事を知る博多子は少ない。廣田が大名尋常小学校時代の書だそうである、栴檀は双葉より芳しを実感させるものである。しかしながら、その事はあまり弘報されていない、小学校の郷土史のなかで教えている気配も感じられない、恐らく廣田弘毅がA級戦犯であることが影響しているのだろう。郷土が生んだ偉人について語り継ぐ事を憚ってきた敗戦後の民主主義教育をそろそろ総括すべき時期に来ているのでは、愛国心・愛郷心の涵養を織り込んだ新しい教育基本法を制定すべきだと思います。
2005年7月14日(木)
前日に続く
入社2年目に噂に聞いていた「大蔵省検査」の入検がありました。直接のヒアリングは新米の我々にはありませんでしたが、ピリピリした緊張感が部内を覆っていた事は覚えています。そんなある日、証券事務を担当していた課長が呼ばれ、株式の譲渡価格についての質問があった様子でした。株式の売買には市場を通さず、相対取引きによって行われる事もあります。例えば創業者が亡くなったりして、大量の株式が敵対的第三者に譲渡されることを防止する為に生保会社が受け皿になったりしていました。その時の譲渡価格に低廉譲渡の疑いを指摘されたようでした。それに応対した課長も会計のプロを自認していた方でしたので反論したようです。それがいけません、そのために我々下っ端の事務方が酷い目に遭いました。検査官が矢継ぎ早に数々の資料の提出を求めてきたのです。その為に約一ヶ月間毎日帰宅するのが午前様になり、いい加減にしてくれと叫びたい気持ちでした。人間の刑罰で厳しいものの一つに無意味な事を強制的にやらせることがあると聞きますが、この時の検査資料作りにはそれを感じたものです。資料作りはT大法学部卒の同期と一緒にやりましたが、彼が言った「泣く子と大蔵省には勝てません云々」を実感した今となっては懐かしい貴重な経験でした。
2005年7月13日(水)
サラリーマン時代の思い出
先の日記にて新入社員時代の事を述べましたが、当時の日経ダウ平均は6千円台で、東証一部の一日平均の出来高は3〜4億株位ではなかったかと記憶しています。小生が配属された運用担当部門では、国内株式、国内債券、外国株式(米国株式)、外国債権(トレジャリー・ボンドおよびギルト・エッジ)を主に扱っていましたが、中でも面白かったのは、国内株式の売買にあたってのどろどろした会社間の遣り取りでした。小生の主な仕事は、その売買にいたる経緯を書き留める書記みたいな仕事をやっていたのですが、「目標値が幾らなのでそこ迄、買いあがって欲しい」などの、あからさまな株価操作への協力を依頼してくる会社や「おれの会社の株を売りやがって、お前の会社は出入り禁止だ」と言った脅しをかけてくる創業者がいたりして、世間では生命保険会社は機関投資家などと呼ばれていましたが、内情はそんな大層な仕事ではなく、株を買ったら何を見返りにしてくれるのかが重要な投資判断でした。この政策投資と呼ばれた「安定株主」としての生命保険会社の投資スタンスは功罪半ばするものであったと思います。ただそれは、ファンダメンタルズがしっかりしている会社であれば、日本経済が拡大すれば、どの会社でも右肩上がりに株価が上昇し皆がハッピーになる事を前提にしていました。その後の株価の急上昇を見れば、当時の投資パフォーマンスは決して低くなかったと思います。ただ、いつまでもこれが続くと錯覚し、時代の変化を看過してしまったところに生保会社の失敗が在ったのだと思います。今日はここまで。
2005年7月12日(火)
続々続、絶対に通してはならない法案
笑いと差別の間には相関関係が存在すると思いませんか?哲学者アンリ・ベルグソンは「人間は人間しか、或いは人間を模倣しようとする動物、或いは人間的な形をした物体しか笑わない」と述べていますが、裏返せば笑いの中には、強弱は別にして笑われるものへの差別的な毒が含まれているのではないか、自己の優越性が得られないものには笑いを感じる事は出来ないのではないかと思います。差別的感情は人間には必ず存在するものですから、それを全否定してしまえば、人間性そのものの否定につながります。勿論、出自、性別による差別は決して許されるものではありませんが、差別があったか否かについて判定し、司法からも超越した人権委員会の恣意によって処分が決定される恐ろしさは計り知れないものです。どのような人選をするのかは分かりませんが人権擁護委員は国民の相互監視装置である隣組の復活、どのような人物が就任するのか資格要件が判然としない人権委員、まことに恐ろしい限りです。運用次第によっては平成の治安維持法になる可能性があります。古代ローマには護民官という制度がありましたがそれとは程遠い代物のようです。マルセル・パニョルの箴言「何を笑うかによって、その人の人柄がわかる」この「笑う」を「差別」に置き換えても同様です。差別の問題は権力が介入すべきものではありません。
2005年7月11日(月)
続々、絶対に通してはならない法案
なんとも残酷で酷い差別的表現と捉えられる方も多いのではないかと思いますが「盲人の道案内をする盲人だ。盲人が盲人の道案内をすれば、二人とも穴に落ちてしまう。マタイ伝15-14」をモティーフにしたと言われるこの絵画は心の目が見えない人達は、後ろに見える尖塔を頂く教会(救済)に辿り着くことはおろか、穴に落ちてしまうと言う寓意を孕んでいると説明を受ければ納得いただけるでしょうか。 「盲人のアレゴリー」ブリューゲルの有名なこの絵を見て皆さんはどうお感じになるでしょうか?図像学にいくらかの知識を持っている人なら、この絵画を差別的とは見て取らない、一方、単純に盲人を揶揄するごとき構図に不快を感じる人、滑稽に感じる人それぞれです。昨日、紹介したフランスの喜劇についても感じ方は様々でしょう、劇作家マルセル・パニョルは「自然界には笑いの源泉はない。喜劇的なものの源泉は笑い手のなかにある」と喝破しています。笑いを差別と置き換えても同じ事です。閾値(いきち)と言う言葉がありますが、これは例えば砂糖水の濃度を段階的に変えて、複数の治験者に与えると、ある者は砂糖1gの水溶液で明敏に甘さを感じ、ある者は5gでも甘さを感じない、この事から味覚を識別する器官である味蕾は人それぞれの閾を持っていることが実験的に理解できます。何故そうなのかについてはここでは述べませんが、翻って人権擁護法とは、この味蕾のように人それぞれ違う感受性を無視したありもしない絶対基準(砂糖が僅かでも入っていれば甘いと言った決め付け)を基に言論統制がなされる危険性を孕んでいるから小生は絶対反対なのです。
2005年7月10日(日)
続、絶対に通してはならない法案
フランス喜劇の一幕。どもりの男が、地下鉄のなかで、おそろしくどもりながら、前にいる紳士にたずねる。「あああなたは次の駅でおお降りになりますか?」紳士は、不安げに顔をそむけ、首を振って『ノン』と答える。どもりはひどく骨を折って、続ける。車内にはクスクス笑いが起こる。「つつ次の駅はヴィリエですか?」紳士は知らないといった表情で、目を上に向ける。「でででも、この前の駅は、マルゼルブでしたね?」どもりはなおもたたみかける。紳士は肩をすぼめ、弱々しい微笑をうかべる。どもりは、あたりで押し殺したような笑い声が聞こえるのにいらいらして、紳士に悪口讒言を浴びせかける。と、列車は止まり、どもりはさっさと降りて行く。列車はまた動き出す。一人の老婆が、紳士に向かって、お気の毒といわんばかりの優しい口調でたずねる。「あなたはなんですの?」紳士は首を振って『ノン』と答える。「じゃ、何故あのお気の毒なかたに返事をしてあげなかったんですか?」紳士はかすかに頬を赤らめ、『なな何故って、うううっかり返事をしたら、やや奴さんに、ぶぶぶんなぐられたでしょうからね』この吃音者の喜劇、皆さんはどのようにお感じになられたでしょうか?
2005年7月9日(土)
絶対に通してはならない法案
むかしむかし、インドのやまおくに「ちびくろ・さんぼ」という、かしこいこくじんのしょうねんがいました。あるひ、さんぼがつくったトラバターでできたおいしいホット・ケーキをかぞくみんなでたべていたら、とっぜん「じんけんようごいいん」のおそろしいおじさんとおばさんがきて、おまえのなまえとかっこうは「さべつ」だとさわぎだしました。さんぼはなにがなんだかわからず、ついにはなきだしてしまいました。「じんけんようごいいん」のひとたちは、「じんけんいいんかい」でおまえのなまえをどうするかきめるから、それまでおとなしくしてまっていろといってかえっていきました。それからいくにちかすぎて、「じんけんいいかい」にくるようにめいれいがありました。「じんけんいいん」のひとたちはトラよりもおそろしいといううわさで、さんぼはにげだしたくなりました。でも、このめいれいにいはんするとむらからおいだされるばつがあるのでしかたなく、さんぼはでかていきました。じんけんいいんのひとたちは「おまえのなまえとかっこうはさべつだ」ときめつけました。そして「なまえはさんぽにしろ」「かっこうはいぬにしろ」とめいれいされました。おそろしいはなしですが、「じんけんいいかい」のいったことにははんたいできません、さんぼはなまえをかえられ、にんげんからいぬにされてしまいましたとさ。
人権擁護法案絶対反対≪苛政猛於虎≫
2005年7月8日(金)
続続、今は懐かしい思い出
入社した当時の社長は山中宏さんで、それは素晴らしい見識をお持ちになつていた方だと思います。経済同友会の論客でした。入社式での山中社長の一言が今でも頭に残っています。「君たちは良き会社人である前に良き社会人であれ」この教えを守っていれば、現在、明治安田生命で起きている会社のレーゾンデトールを脅かす前代未聞の不祥事は起きるはずも無かったと思います。小生が最初に配属された運用部門でも、先輩から「われわれがお預かりしている保険料は庶民の零細な資金を積上げたものであるから心して仕事をするように」と言われ緊張したものです。それがどこかで歯車が狂ってしまったのでしょう、明治安田生命には一刻もはやく現在の体たらくから立ち直って欲しいものです。
2005年7月7日(木)
続、今は懐かしい思い出
入社して2年目、会社は生命保険協会の会長会社になりましたが、国債のシ団引受に関しても幹事として面倒な実務がおまけで付いてきました。「あんたんところの総資産はいくらなので生保シ団引受けの内これだけ引き受けてね」と言った感じの書面を作成し、全生保会社を訪問して社印を貰う仕事もありました。対応がぞんざいな会社、受付嬢が感じの良い会社、やけに愛想が良い会社、本当に色々でしたが、その中であまり感じが良くなかったのは関西の財閥系生保でした。担当者の方がこんな利の薄いものを何でといった感じなのですが、そんな事どの会社も口に出さないだけで、大蔵省に物申すなんて恐ろしい滅相も無い事でした。その会社訪問のなかで一番びっくりしたのは、靖国神社の一角に富国生命があったことです、有価証券運用担当の部屋に巨大な株価ボードがあったことが印象的で、この場所に資本主義の欲得計算を反映する特大のモニター装置が存在する事に違和感を感じたものです。流石、戦時中兵隊さんに徴兵保険を売っていただけのことはあると妙に感心しました。
2005年7月6日(水)
今は懐かしい思い出
今、不払いで騒がれている明治生命に入社した頃、10年利付き国債のクーポンレートは6.1%で額面に対し5円の割引発行だったと記憶しています、当時としてはあまりに低い発行条件の為(生保会社としては予定利率以下)シンジケート団引受けとはいえ、なんで唯々諾々とお上に従わなければならないのか疑問でした。加えて何とか開発公社の政府保証債、プール債(学校のプールを造る為)・消防債(消防設備を充実させる為)等の地方債の起債協力をさせらてもいました。国債の引受け資金の払込にあたっては、日銀の窓口に銀行から振り出した日銀チェックを持参するのですが、行きは社用車の大名気分、帰りは日銀本石町から丸の内までテクテク歩いて帰るのが常でしたが、あれほど高額の小切手を目にした事はその後の人生ではありません。護送船団方式にほころびが見え始めていた頃の懐かしい記憶です。
2005年7月5日(火)
純ちゃん頑張れ!

民営化後の一番の問題は、金融市場のあり方と郵便・年金資金の運用の仕組みづくりです。それに失敗すればアングロ・サクソンとユダヤにやられます。そうならない様に代議士の先生がたはもっともっと勉強して欲しいものです。
郵政民営化法案、僅差で衆議院を可決した。参議院の動向次第ではあるが、一山は越えた。反対派は国民の為にならないなどと理由を開陳していたが、果たしてそうであろうか、国の財政は一般会計・特別会計・財政投融資の三本柱で成り立っているが、この中で極めて不透明なのが財政投融資で額も飛び抜けて大きい、この金は平たく言えば官僚や族議員が恣意的にばら撒ける打ち出の小槌である。また一方では償還できるのかが危ぶまれる国債の最大の引き受け手でもある。この資金の原資は郵便貯金・簡保・年金が太宗を占めているが、郵便事業を民営化すればどうなるか、賢明で愛国的な日本人なら理解できるのでは、純ちゃんの方向性は間違っていないと思います。
2005年7月4日(月)
笑わせてくれるぜ福岡地下鉄七隈線
ダース・ベイダーが3日、福岡市営地下鉄七隈線の天神南駅の一日駅長に任命され、車内でのマナー向上を呼び掛けた。同線は19日まで特製ヘッドマークを付けた「スター・ウォーズ号」を運行するそうである。あまりにも安直な企画に笑ってしまった。どうせなら、いかれた某大学生の暗黒面を成敗するジェダイ戦士のほうがマスコットとしては相応しいのではと思います。マナー向上を呼びかけるそうですが、この地下鉄は横に寝転がっていても迷惑がかからない程、何時乗車してもガラガラです。早くダース・ベーダー様がお怒りになるマナー違反が問題になる様な満員状態になれば良いですね、理力の力でお客を呼び込んでください。
May the Force be with you!
 
2005年7月3日(日)
ご冥福を祈ります
小倉昌男さん80歳=ヤマト運輸元社長 宅配便の生みの親で運輸行政の規制に徹底抗戦してきたヤマト運輸元社長の小倉昌男(おぐら・まさお)さんが30日、腎不全のため死去した。小生が学生の頃、確か三越の宅配運送会社から脱皮して躍進の途上であった同社に興味があった。その後、国民生活の利便性向上に果たした同社の役割は素晴らしいものである、まさに実業人とはこの様な人を言うのであり、現在もてはやされている虚業起業家とは違うのである。国民の手でこの人に勲章を贈りたいものです。
2005年7月2日(土)
福沢諭吉翁の脱亜論に学ぶ
今日の謀を為すに、我国は隣国の開明を待て、共に亜細亜を興すの猶予あるべからず、むしろ、その伍を脱して西洋の文明国と進退を共にし、その支那、朝鮮に接するの法も、隣国なるが故にとて特別の会釈に及ばず、まさに西洋人がこれに接するの風に従て処分すべきのみ。悪友を親しむ者は、共に悪名を免かるべからず。我れは心に於て亜細亜東方の悪友を謝絶するものなり。 脱亜論の全文はこちらをクリックして下さい
2005年7月1日(金)
支那人からまたしてもいちゃもん

1989年チベット・ラサの暴動、中共政府はナチと同様のジェノサイドを進めています。
天皇陛下のサイパン訪問に、またまた支那人がいちゃもんをつけてきた、何にでも言いがかりをつける人々であるが、日本ではこういう集団を暴力団と言う、そもそも、サイパンの地で支那人の血が流されたのであろうか?不思議である。とにかく日本が嫌いなのだろうが天皇陛下の偽りなき慰霊の姿勢にいちゃもんをつける事は許しがたい、この国とは国交を断絶止む無しの態度で外交政策をすすめるべきだ、中共相手の売国商売人がなにを叫ぼうが、非礼を許すべきではないと思います。