
明治神宮外苑・出陣学徒を見送るA級戦犯のおっちゃん。子孫が靖国問題で物議を醸す事を言っているようですが、見苦しい自己正当化を首に縄をかけられる迄強弁した武人らしからざる人物だと小生は思っています。この人が追い落とした当時数少ない大局観を持った軍人である石原莞爾が戦争指導の中枢にいれば大東亜戦争はもっと違った展開になり、神州不滅神話は生きていたかもしれません。話は変わりますが、このおっちゃんの子孫の一人はあの三菱自動車工業の社長をしていました。見苦しさではこのおっちゃん以上の戦犯逃れに必死だった戦争指導者は沢山いますが、その中の一人であるM大将の子孫は小生が以前勤めていた会社の人事部長でした。二・二・六の青年将校は浮かばれませんね、日本社会は甘いものです。 |
陛下のサイパン慰霊の御幸は素晴らしかった。西欧列強のキングとは違うのである、西欧のキングはギャングの親玉のようなものであるが、西欧に日本の天皇と比すものがあるとすればローマ教皇ぐらいであろう。サイパンの老人施設で「海行かば」の合唱が聴かれたが、小生、敗戦の責任についての思いが巡った、「海行かば」は大伴家持作詞・信時潔作曲の広く知られた名曲である。作曲者信時潔氏はショウビニズムに加担した思いからか敗戦後作曲活動を殆どしなかったと言う、翻って負けた戦争を指導した陸大出の官僚的軍人は、その責任を取ったのだろうか?現在、A級戦犯問題で国論が紛糾しているが7名の法務死者のうち、最も武人らしく一切の弁明をせず刑場の露と消えたのは裁判記録を見ても文官であつた広田弘毅氏だけである。(彼の奥様は裁判の邪魔にならぬよう自害している)確かにA級戦犯が国体護持の為に、あまり騒ぎだてをせず戦勝国の生贄として刑死してくれたことは評価するが、真の武人であれば阿南陸相の如く、何故自決しなかったのか、あまつさえ「生きて虜囚の辱めを受けず」の張本人である人物が、自決に失敗、敵兵の輸血によって、まさに「生きて辱めを受けた」事に日本人として恥ずかしい気がします。敗軍の将が汚名を漱ぐ方法は自決だけだと思います。それが出来なかった戦争指導者を多く戴いたことが敗戦の真の原因だったのではないでしょうか。 |